2011年10月28日

スキンヘッドか?――[589]生誕19,158

 今年は我が毛髪にとって、間違いなく記念の年。52歳という年齢は、薄毛が進んで一気にハゲに変貌した歳として記憶されることだろう(誰に?)。あ、俺、老眼じゃん、と突然、地下鉄の車内で気づいたのは確か44歳だった(路線図の地図をかなり遠ざけて見ている我が身に驚いた)。
 そして今年、実はこうなってたんスよ、と地肌が思いっきり露出し始めている惨状をもはや隠蔽できない事態に。分け目の辺り、頭頂部、どちらも無残。老いてゆくとはこういうことかと唇を噛みつつ鏡に映すと、頭部全体がまるで土砂崩れで次々に木がなぎ倒された裸山のよう。このまま一気に大きな地滑りが起これば、残された道はスキンヘッドしかない。(しかし昨年会った、我が次兄の頭はまだまだ緑いっぱいの密林そのものであったぞ。なぜ兄弟でこうも違うのか?)
 金に余裕があれば「毛を植える」という体験も好奇心に任せてやってみたいものだが、また、その手の企業からCM出演のオファーがあれば迷うことなくOKするのだが、どちらも絵空事に終わるだろうから、結局は日々、薄れゆくススキ野を静かに見守るしかない。ああ、侘びし。
 
 芝居『死に顔ピース』はまだまだ「植え方」不足。まだまだ禿げ山もいいところで、いったいどんな目を見張る山がお目見えするのか、今はただ地道に1本1本、セリフという木、表現という木を植樹していくしかない。(なんだ、この例え?)
RiUP.JPG
無駄な抵抗。
posted by 老い日記 at 00:00 | Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: