2011年11月16日

殺す気か?――[608]生誕19,177

 劇場入りを2時間延長前倒しして、朝10時から場当たり。テクニカルも動線も確認すべきことは山積みで、昨日にも増して演出席と舞台を何度も往復しながら、細部を詰める。それでも時間がないというのに、気になる個所は何度も繰り返す。今回の芝居はシンプルなセットながら、最近では珍しく大道具の仕掛けがあるので、その段取りがなかなか難しい。体が覚えるまで何度も繰り返すしかない。スタッフさん、キャストの皆さん、お疲れさん。
 なんとか最後まで通って、夜、無理やり通し稽古に臨む。かくして『死に顔ピース』の全貌がようやく立ち現れる。いける、いける。まだまだ詰めは甘いが、きっといけるぞ。気弱な演出家は我が身に言い聞かせつつ、通しが退舘ぎりぎりに終わったので、今日はダメ出しすることもなく、即退散。
 
 帰宅すると、連日の疲れでソファにどっかり沈み込んでそのまま深い眠りに落ちそうになる。いかんいかん、とパソコンを立ちあげると、昨日に続いて雑誌の校正メールが続々と入ってきている。殺す気か?
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さあて、いよいよ『死に顔ピース』、出航です。
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2011年11月15日

わっしわっし、わっせわっせ。――[607]生誕19,176

 劇場入り二日目。夕方から本格的に場当たり。少しも稽古が進んでいない後半部分をテクニカルも含めて、睡眠不足も何のその、演出席と舞台を何往復も走りながら、わっしわっしと進める。何が何でも今日中に最後まで通っておかねばならぬ、背に腹は替えられぬ、と睡眠不足も何のその(しつこい)、退舘1時間延長に踏み切って、わっせわっせと進める。
 結果、エンディングの場面を若干残しはしたものの、どうにかこうにか最後まで目途は立つ。
 
 今日も帰宅すると体はぼろぼろ。頭も思考停止。芝居はつくづく体に悪い。思考停止ながら、パソコンのメールをチェックすると、編集長を務める雑誌の校正がしっかり届いている。「てめぇ、芝居ばかりやってりゃいいと思うなよ」と言わんばかりに。ああ、今夜もベッドまでの距離が遠い遠い。
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全然寒くならない。例年なら真っ黄色に色づく街路樹も今年は紅葉せずに枯れるのか?(なんだか不吉)
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2011年11月14日

がんばれーおれー。――[606]生誕19,175

 劇場入り。仕込みは舞台監督のO以下、スタッフ諸氏に全面的にお任せして、午後から俳優は劇場隣の稽古場で稽古に明け暮れる。
 あと少し。あと少し。そうオノレに言い聞かせながらも、疲れもピークに達していて気力だけで踏ん張る。いいのかね、50も過ぎて、こんな無茶な生活。……と、すぐに泣き言を言いたくなるが、ともかくも初日を目指して突っ走るしかない。
 がんばれーがんばれーおれー。はい、頑張ります。(泣)
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もうすぐ幕が開きます。開くはずです。
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2011年11月13日

純正ドMじゃないか?――[605]生誕19,174

 実寸稽古も今日で終了。あとは劇場で怒濤の追い込みをかけるしかない。いよいよ正念場。というか、もう後がない。しかも四面楚歌のような状態。自ら資金繰りに四苦八苦して、主催として場を提供して、でもって各セクションから非難を受ける。我が身は「ドSの演出家」などと言われたりするが、生き方はコレ、純正ドMじゃないか? 
 
 広島のプロデューサーOさんから、「今朝の中国新聞にかなり大きく掲載されている」とメールが届く。こちらでは入手する術がないので、どれくらいの扱いか見当はつかないが、少しでも追い風になってくれますように。
 初日まで、あと3日。少ないながらも待ってくれている皆さん、きっといい舞台にしますからね。と一応、言っておく。(哀)
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我が家に2本ある「百年の孤独」。孤独な演出家は無事に千秋楽を迎えられたら、独りでちびちびやります。
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2011年11月12日

付け焼き刃じゃダメだよ。――[604]生誕19,173

 夕方から新国立劇場マンスリープロジェクトだったのだが、当然ながら行けるわけもなし。企画委員なのに、と心を痛めつつ、我が本業にひたすら専心する。
 
 フィギュアスケートNHK杯の高橋大輔のショートプログラムに鳥肌が立つ。技術の高さはもちろん、内側からあふれ出る表現力は圧倒的。この人は俳優に転向しても、いい味を出すのではないか。ショートだけで驚きの「90.43」という高得点。いやあ、いいもん見せてもらいました。芝居の追い込みで精神的におかしくなりそうだったが、少し勇気をもらえた。
 
 高橋大輔の芸術的演技に触発されて、よおし、『死に顔ピース』も一気に仕上げにかかりまっせええええ、と奮起しようとするが、小さな躓きがあっちにもこっちも。なかなかスムーズに事は運んでくれない。やはり付け焼き刃じゃダメだよ、旦那、ってことなんでしょうか。(泣)
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フェリーニの映画をベースにしたプログラム『道』は、まさに上等な演劇。エクセレント!
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2011年11月11日

現実は残酷。――[603]生誕19,172

 芝居が追い込み時期だというのに朝から会議で西新宿へ。常務理事会。毎日、鬱々と時間と闘いながら芝居にばかり向き合っているので、こうした会議に出ると、おお、世の中ちゃんと動いているんですね、皆さんちゃんと立派に広い視野に立って生きてらっしゃるんですね、と目を見開かされる。目は見開かされても、初日までのカウントダウンが切羽詰まってきているから気はそぞろではあるけれど。
 
 やはりこれは「老い」なのだろう。睡眠不足が続くと、思考停止がずいぶん早くやって来る。冷たい水で顔を洗おうとも、熱いコーヒーをすすろうとも、アイデアはかけら。
 そして始末の悪いことに「ダメなものはダメ」と諦めるのも早くなった(ダメじゃん)。かくして、じりじりと時間だけが過ぎていくのをため息混じりに見つめるだけの我がいて、ストレスと睡眠不足だけを積み上げていく。
 ああ、現実は残酷。初日まで、あと5日。
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昔懐かしい教室の椅子が売られてた。3150円。高っ。
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2011年11月10日

カジノでぱーっと。――[602]生誕19,171

 オリンパスと大王製紙。一流企業がともにトンデモナイことになっている。片や200億円以上の巨額損失隠し。片や100億円にも上るカジノでの使い込み。バレたから大騒ぎになってはいるが、大企業ってホントに金あるんだなぁ。200億だろうが100億だろうが、会社が潰れることもなく、なんとかなっちゃってたわけだから。
 それにしてもカジノに100億。湯水のように金を賭けられる立場にあることが凄いね。超一級のカモってことだからね。
 つい先日(7日)、『死に顔ピース』に悪人が出ないのなんのと書いたけど、いるねえ悪人。しかも巨悪。こういう人たちをモデルに芝居を書いてみたいもんだ。きっと筆は走るだろうなあ。タイトルは『おまえにいったい何があった?』でどうでしょう?
 と、はるか先の見果てぬ夢を見るより、まず足もと。実寸稽古場での稽古は残すところ3日。来週の今日は初日。ああ、恐ろしい恐ろしい。日々追い込まれゆく精神状態を解放するために、カジノで1億くらいぱーっと使いたい。
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おまえにいったい何があった?
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2011年11月09日

骸骨君では削れない。――[601]生誕19,170

 ストレスが食に向かい始めている。マズい……。とってもマズい……。せっかく減量作戦に成功して体が軽くなって動きやすくなってきたのに、ここ数日、少しずつ少しずつ体重が増加傾向に転じている。プラスマイナス数百グラムを行ったり来たりしながら、結果的には増えている。
 芝居もボリュームを増やしては減量、つくっては壊し、といった作業の繰り返し。この繰り返しの先に、美しい輪郭(構造)を持った芝居ができあがる。……のだが、もともとがガリガリの骸骨君では削りようがない。
 初日まで、ついにあと1週間。どれだけ美しいフォルムを『死に顔ピース』は獲得できるのか?
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消防隊、出動! 我が食欲を鎮火せよ!
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2011年11月08日

祝! 600回。――[600]生誕19,169

 中国新聞から電話取材が入る。記者のIさんは今回の芝居のモデルとなっているO先生(山口県在住)のことをよく知っているようで、電話越しながら取材はスムーズに進む。
 「どうして演劇にしようと思ったんですか?」。元新聞記者の我が身からすれば、こうした核心にいきなり切り込んでくる質問をしたくなるのはもっともだとわかるのだが、質問されるほうからすると、「何ですか、いきなり土足で」という印象がなくもない。いや、ちゃんとそれなりに私は答えましたけどね。
 「演劇のほうが観客の想像力で世界が構築されるぶん、よりリアルに伝わると思うんですよね」。どうだ、ちったあ気の利いた答えだろうと独り、ご満悦になっていると、「ああ、Oさんもそうおっしゃってました」。………。
 10分ほどで電話取材は終了。
 
 Hは昨日から一般病棟に移り、リハビリに着手したとのこと。リハビリと言ってもまだ、手すりにつかまって立つ、その程度ではあるが、これは大きな前進。
 さてさて芝居も大きく前進しなければ。初日まで、あと8日。劇場入りまで、あと5日。……ま、間に合うのか?
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これ、芳香剤。見た目に惹かれて購入。あまり効いてる気がしない。
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2011年11月07日

悪人が出ない。――[599]生誕19,168

 悪人の出ない芝居は面白くない。悪意のない芝居はつまらない。これを信条としている我が身にとって、『死に顔ピース』はなかなか手強い。「こいつ心底、悪人でしょう」という人が出てこないから。おまけにモデルがあるので、どこまで悪意(あるいは攻撃的な感情)を表に出していいものかと思い悩む。
 みんな悪人ではないけれど、立場や主張が違えば、相手にとっては「感じ悪い悪人に見える」という落としどころが一番落ち着きがいいし、ドラマとしても成立するだろうと思うのだが、この匙加減は意外と難しい。
 
 今回の舞台美術も敢えて逆をついて、ヒューマニズムとか明るいといったイメージを全面的に排除している。「どんなヒューマニズムも関係ない人から見れば他人事」。このコンセプトのもと、美術がつくりだす世界は真っ黒に。そこで人間的ドラマが繰り広げられるほうが、より胸を打つ。……はず、と思って今日も芝居に明け暮れる。
 性悪説なんですね、私。改めて思い知りました。
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『死に顔ピース』の舞台美術。シンプルながら様式美が漂う。
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2011年11月06日

父親と母親の死。――[598]生誕19,167

 今回の新作『死に顔ピース』のテーマは在宅緩和医療。「家で死ぬ」ことを扱っている。去年、我が身が胃癌になったことで、癌はぐんと身近になった感があるが(ありがたくはないが)、我が父親も母親も癌で死んでいるので、もともと癌は身近な存在(嬉しくもないが)。
 
 思い返せば、父も母も病院で死んだ。
 母親は病院に診てもらいに行ったら即入院となり、余命3カ月と宣告され、そのまま一度も家に帰ることなく、宣告よりも短い2カ月でこの世を去った。母親が死ぬまでの2カ月間、「家に帰りたい」と口にしたのを聞いたことはなかったが、間違いなく帰りたいと思ったいただろうと思う。その願いをいつの時点で母は諦めたのか。それとも死ぬ間際まで、その望みを持っていたのか。母の日々じわじわと絶望していく心の旅を思うと、今さらながら哀れに思う。
 父親は肺癌で長患いとなり、何度か家に帰った。庭を眺めるのが好きだった父は帰宅すると、驚くほど落ち着いた表情になったが、それでもいったん苦しみだすと、家ではどうすることもできなかった。「起こしてくれ」「寝せてくれ」と数秒おきに言い続ける父を介護しながら、どこか腹が立っている自分に気づき、俺は人でなしだ、と思ったりした。
 
 今回の芝居は否応なく、父と母のことを思い出させる。しっかりと思い起こして、深く深く考え抜かなければ芝居はつくれない。新作を生むということは、それほどにしんどい心の旅を強いられるのだと改めて思い知らされている。
 初日まで、あと10日。
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父親と母親の骨。
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2011年11月05日

おおらかに全力投球。――[597]生誕19,166

 産みの苦しみが続く。胃が痛い。心がざわざわする。体が二つに引き裂かれる思いがする。
 とはいえ、胃癌になったわけではないし、神経疾患に陥ったわけではないし、体は引き裂かれてなどいない。泣き言を言う前に一歩ずつでも、その歩みを進めよ。いたずらに自分を追い詰める必要はない。おおらかに全力投球で頭を使うべし。
 
 そうだそうだ、頑張るぞ。初日まで、まだ11日もあるじゃないか。ただ、連日の睡眠不足で、どうしても眠気が……。おいおい、オッサン、寝ちゃダメでっせ。おおら…かに全力投球……だから寝ちゃダメだってば。
 
 『死に顔ピース』のムーブメントは俄然、面白くなってきた。今回初めて採り入れた「超スローモーション」がスローモーションとの組み合わせで、不思議な時間の流れを生む。静止画を何枚も重ねたような動きにも見え、同時に映像的でもある。次回作ではこれにクイックモーションも加えると、さらに立体的な時間が立ち上がってくるのではないか。そう思うと、今からわくわく、胸が躍る。もちろんその前に、とりあえず今回の芝居に早くケリをつけろということですが。
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誰か叩いてください。
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2011年11月04日

頂上の見えない山登り。――[596]生誕19,165

 昨日の強行スケジュールが尾を引いているのか、今日は一日じゅう全身が鉛のように重い。もちろんマッサージなんぞに優雅に行ってる暇はないので、大リーグ養成ギプス(懐かしい単語!)を装着している気分で、頭部、肩、背中、腰にたっぷりと鉛の負荷を味わいながら芝居にのめり込む。
 初日まで、あと12日。しかし、まだまだ全貌は見えず。見上げても見上げても頂上の見えない山登り。
 
 解離性動脈瘤で一跡二跳の創立メンバー・Hが倒れてから15日が経過。呼吸器で喉が腫れたため気管切開をしたそうだが、来週早々にも一般病棟へ移れそうとのこと。少しずつではあるが、確実に快復の途についている。よっしゃ。今後はリハビリだ。頑張れ、H。
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広告がほぼゼロの地下鉄ホーム。なんだか不気味。いつになったら日本経済は上向くのか?
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2011年11月03日

17歳男子に「父性」を見る。――[595]生誕19,164

 完全徹夜のまま、まだ夜も明けないうちに羽田に向かう。朝イチ、7:25発の便で山口宇部へ。
 宇部にはワークショップで例年呼ばれているのだが、今年は芝居の稽古が押し詰まっているので日帰りでお願いしたところ、航空券の手配が遅かったらしく、結果、朝イチの便になり、早起きというか完徹して出かける羽目に。
 8:35には山口宇部空港着。9時過ぎには市内に入るが、ワークショップは午後1時から。どうするんだ、この空き時間。
 と、どんより頭で思っていたら、コーディネーターのMさんから、「ホテルを休憩用に取ってますので、休んでください」と、ありがたい心遣いをいただくが、「11時半にまたお迎えに来ますので」。え?ってことは、たったの2時間ちょい?
 それもそのはず、今回のワークショップは宇部市ではなく、隣の山陽小野田市。車で30分ほどかかるらしい。
 結局、書き物仕事に追われる我が身はホテルの部屋に入るなりパソコンを立ちあげて、にわかカンヅメ状態に。そのまま一瞬たりともベッドで横になることもなく、ホテルを出る。
 
 ワークショップは「中高生と乳幼児のふれあい体験事業」。
 乳幼児とのふれあい? で、なんでこのオッサン演出家が呼ばれるんだ?と、毎回いぶかしく思うが、「まずは参加者の緊張を解きほぐし、打ち解け合うことが最終的に乳幼児とのふれあいにも繋がる」というMさんの言葉に騙され、何回かこの事業のトップバッターとして講座を受け持っている。
 参加者は中高生とサポーターの大人たち、合わせて25人ほど。中高生は高校3年の男子が1名で、あとはオール女子。乳幼児ふれあい事業だから当然か。ならば、男子で参加するのはどういう心持ちなのか。早速、その17歳男子・Y君に「進路はどうするの?」と聞いてみると、「フツーに就職しますよ」。なんでも地元の企業から既に内定をもらってるらしい。
 このY君をにわか助手に仕立てて、シアターゲーム、体のコントロールなどに、たっぷり3時間を費やす。Y君は毒舌演出家がいじり倒しても嫌みなく受け止める人当たりのいい心優しき少年で、こりゃいいパパになるわと、まだ17歳の少年に我が身よりもはるかに適性がある「父性」を見る。そうそう、こういう心優しき男子は父親になったほうがいい。
 
 4時過ぎには終了となったが、帰りの便も最終19:05しかチケットが取れていないので、Mさんの案内で宇部市の「常磐湖」に行き、ほとりで開催されている「UBEビエンナーレ彫刻展」を見に行く。広々とした自然豊かな空間に点在する彫刻というのは、なんとも不思議な世界をつくりだす。6時からはライトアップされて、いっそう神秘的な雰囲気。
 1時間ほど堪能した後、食事をすませて空港へ。もちろん、機内では爆睡し、夜10時半頃にへろへろになって自宅に帰り着く。改めて思い返せば、たった3時間のワークショップのために丸一日がかり。長い一日であった。お疲れ。
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「UBEビエンナーレ」の彫刻展。なぜか巨大なウサギが。タイトルは「ただいま、地球」。……わからん。
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白いバス。ジブリ作品に出てきそう。美しい。
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我が一番のお気に入り。オール金属のバッター&キャッチャー像。彫刻なのにスピード感が秀逸。観る角度によっていろんな物語が想像できる。
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これが大賞。……ふ〜ん。
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2011年11月02日

もっと人間らしい生活を。――[594]生誕19,163

 パソコンとにらめっこ。芝居の稽古をにらめっこ。このどちらでもなければ電車で移動中。ホントにこれだけで一日が過ぎていく。もっと人間らしい生活を送らなくて何のための人生なのか。なぜこうも時間がないのか。自分以外の人間はみんな、アフター5を満喫したりしているのか。映画を観たい。本を読みたい。ロンドンに行きたい。芝居に追い込まれて、次第次第に現実逃避の道を模索し始める。あかーん。
 
 『死に顔ピース』のアフタートークのゲストがようやく決まる。本作のモデルにもなっているOさんが当てにしていた医師がことごとくNGで、ゲスト捜しのお鉢がこの間際になって回ってきた。それで昨日・今日と長年の付き合いになる編集者のHさんにひと肌脱いでもらって、なんとか目途がつく。
 Hさん、いつもこんな時だけお願いして申し訳ないっす。助かりました。ゲストに決まったのは、「薬を使わない精神科医」でメンタルセラピーを提唱する宮島賢也さん。トークのテーマは「楽しい終末医療」。どんな話が聞けるのか、今から楽しみ。というか、今の我が身にセラピーしてください。
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本当でしょうか。
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2011年11月01日

試練? 嫌がらせ?――[593]生誕19,162

 『死に顔ピース』は今日からいよいよ追い込み稽古で、ほぼ本番同様のセットを稽古場に組む。とはいえ、役立たずの演出家は仕込みにノータッチなので、「いよいよ」という感覚を身をもって知らない。おまけに今回は、ぱっと見、実にシンプルな舞台美術なので、「おお!本番までのカウントダウンが始まったのう」という切迫感も今ひとつない。この危機感のなさは間違いなく後で手痛いシッペ返しを食らう。ヤバいヤバい。
 
 しかし我が身が、「よっしゃあ!! 芝居にどっぷり突っ走るどぉ!!」とモードチェンジすると、そういう時に限って別の仕事が雪崩れ込む。これは試練なのか、嫌がらせなのか。たぶん両方。今はただじっと耐え忍ぶしかない。
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モデル立ちの駅員を発見。立ち仕事、お疲れさんです。
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2011年10月31日

放射線に軽くビビる。――[592]生誕19,161

 「いわきアリオス」館内のレストランでの昼食時、Iさんが「持ち歩いてるんですよ」と言って取り出した線量計測器をテーブルに置くと、「1.6」という数字が表示されて軽くビビる。こうした数字を毎日毎日毎日気にしなければならない生活とは、いったいどんな暮らしなのか。「気にしたってしょうがない」で済まされるわけがない。原発の代償はあまりに大きい。
 
 今日は4本、観劇。午前・午後、それぞれ2本ずつ。割とゆるやかなスケジュールなので睡眠不足にもかかわらず、なんとか持ちこたえる。平板な芝居だと瞼がだんだん重くなってくるのだが、今年は震災・原発絡みの芝居が目につき例年以上に興味深く、しっかりと見入る。偉いぞ、審査員。(仕事です)
 昨日のと合わせて計7本を見終わって、すぐさま審査。Iさんと意見はほぼ一致。あっという間に上位4校を決める。
 審査結果は閉会式で発表されるのだが、上位大会に出場できるこ1位・2位・3位の学校も、発表の瞬間に歓声が上がることはない。たぶん、先生方から「はしゃぐのはやめましょう」といったお触れが出ているのだろうと思うが、なんとも味気ない。おおおお!きゃあああ! やったああああ! 我が身もその昔の高校時代、県大会で最優秀(1位)を聞かされた瞬間に勝利の雄叫びを上げまくっていた。いつからそれが、どんな理由で「控えましょう」ということになったのか。
 
 閉会式後は上位3校の楽屋をそれぞれ回ってアドバイスの時間。Iさんはさっさと終わらせていたが、我が身はねちねちと細かいところまで根掘り葉掘り言いまくるので、どんどん時間が過ぎる。はた、と気づいて時計を見れば、切符を買っている帰りの「スーパーひたち」出発時刻の15分前。
 あちゃー、間に合わない。半分諦めつつ駅まで送ってもらうと、19:13発に辛うじて間に合う。福島は行きも帰りもぎりぎりの攻防戦。21:34上野着。自宅には23時頃に帰り着く。帰ってみれば、体はどろどろに疲れている。はあああー。
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車窓に映る自画像。めっちゃ、すいてました。
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2011年10月30日

福島・いわきへ。――[591]生誕19,160

 ほぼ完全徹夜で、まだ夜が明けきらぬ頃に家を出る。上野発7:00の「スーパーひたち」に乗らねばならず、我が身にすれば余裕を持って出たつもりが、朝早いってことは電車の本数がまだまだ少ないってことを計算に入れておらず、新宿に着いた時点で待ち時間が相当長く、これはいかん、間に合わないかもしれぬと途端に焦り始める。スマホで調べてみると、どんなに早くても上野に着くのは6:58としか出てこない。これはいかん、2分で山手線からスーパーひたち(常磐線)に乗り換えるのはほぼ不可能。ああ、これはアウトだ。じりじりとした時間を過ごしながら奇跡、いや何かの間違いが起こるかもしれぬと神田で山手線に乗り換え、上野駅に着いてみると6:58。なんて時刻に正確なんだ、我がニッポン。少しはイギリスのいい加減さを見習いなさいと理不尽にボヤきつつ、ダメ元でエスカレーターを駆け下り、そのままダッシュ。上野駅構内をひた走る。ああ、そうか、日頃のランニングはこのためにあったのねと思いつつ横を見れば、同じようにダッシュしながら同じ方向に若いサラリーマンが2人ほど駆けてゆく。ここは負けてはならじとオッサン魂(どんなんじゃ?)で息を切らしながらもスパートを掛けると、おお、なんと、間に合ったではないか。車両に飛び乗り、指定の席に座った途端にスーパーひたちは発車。奇跡、成る!
 
 今日から高校演劇、福島県いわき地区大会の審査員。審査の相棒は広島「DOCS」で今夏に上演した『俺たちの甲子園』の作者・Iさん。久しぶりの再会で、思わず握手。
 本日は3本、観劇。早くも東日本震災、福島原発を題材にした芝居が登場し、その取り組む姿勢に感心。さすが対岸の火事のごとく、のほほんと「がんばろう日本」とスローガンばかりを掲げる人々とは違う。切実さが如実に伝わってくる。そういえば会場の「いわきアリオス」も震災後、長いこと避難所等の役割を担っていて、この大会が初めてのホール使用だそうな。
 
 夜は懇親会で地元の顧問の先生方と飲む。なんでも福島原発の作業従事者が数多く泊まっているので、いわきの飲み屋は繁盛しているという。放射線を危惧して他市他県に転出した住民は相当な数に上るそうだが、それにも増して作業員が流入しているので人口はむしろ増えているという奇妙なことになっているそうだ。車の交通量も多い。
 震災から約7カ月半。まだまだ「3・11」以前には戻れない。
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講師控え室。ゆっくりしている暇はほとんどない。
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2011年10月29日

深い深い蟻地獄。――[590]生誕19,159

 新国立劇場で『イロアセル』を観る。脚本は意表を突きすぎるほどの特異な設定。寒い季節に吐く息が白くなるように、声そのものに色がついている、しかも人によって色は違うので誰の言葉か識別できるという、ほとんどトンデモ話。この広げた風呂敷、大丈夫か?と不安になって見始めたからか、繰り広げられる世界に入っていくのに時間がかかるが、目先の会話はとりあえず面白い。さすがに広げた風呂敷はどうにもならなかったが、それでも脚本には作者の格闘の跡が随所に伺えた。残念なのはなんとも平板な演出。空間的にも感情的にもなかなか立体的に立ち上がってこないので、2時間10分の旅は長さだけを感じることになる。
 驚いたことにカーテンコールで主役の俳優が「○日までやってます」と宣伝告知をしていた。確かに空席は目立っていたが、そこまで悲惨な状況とは思っていなかったので、やっぱりなんだかんだ言っても数字が大事なんだなぁと複雑な思いで劇場を後にする。
 
 今さらながら、我が脚本執筆の助けにしようと、コミック『ブラックジャックによろしく』を本棚に探すが、読みたい1〜5巻が見当たらない。すっかり頼りなくなった記憶を辿り、俳優Oに「貸したままになってるよね?」とメールするが、返信は「見当たらない」。しかし、どう記憶を辿ってもOしか思い浮かばず、我がほうの記憶違いかもしれない可能性は棚に上げて、ひそかにOを呪う。
 老い先短い身としてはそろそろ、貸しっぱなし・借りっぱなしになってる本(DVD、CDも)に決着をつけといたほうがいいよなと思い立つが、我が書棚から何の本が消えているのか、それさえ思い出せない。(だから結局、何もしない)
 
 『死に顔ピース』は導入部がどうも落ち着かない。何度書き直しても、何度演出し直しても、なんだかキレが悪い。深い深い蟻地獄に自ら降りて行ってるようで気が気ではない。
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『ブラックジャックによろしく』。画期的な作品だが、実は主人公が嫌い。「てめぇー、頑張るところが違うんじゃねぇか?」と、見ていてイライラする。
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2011年10月28日

スキンヘッドか?――[589]生誕19,158

 今年は我が毛髪にとって、間違いなく記念の年。52歳という年齢は、薄毛が進んで一気にハゲに変貌した歳として記憶されることだろう(誰に?)。あ、俺、老眼じゃん、と突然、地下鉄の車内で気づいたのは確か44歳だった(路線図の地図をかなり遠ざけて見ている我が身に驚いた)。
 そして今年、実はこうなってたんスよ、と地肌が思いっきり露出し始めている惨状をもはや隠蔽できない事態に。分け目の辺り、頭頂部、どちらも無残。老いてゆくとはこういうことかと唇を噛みつつ鏡に映すと、頭部全体がまるで土砂崩れで次々に木がなぎ倒された裸山のよう。このまま一気に大きな地滑りが起これば、残された道はスキンヘッドしかない。(しかし昨年会った、我が次兄の頭はまだまだ緑いっぱいの密林そのものであったぞ。なぜ兄弟でこうも違うのか?)
 金に余裕があれば「毛を植える」という体験も好奇心に任せてやってみたいものだが、また、その手の企業からCM出演のオファーがあれば迷うことなくOKするのだが、どちらも絵空事に終わるだろうから、結局は日々、薄れゆくススキ野を静かに見守るしかない。ああ、侘びし。
 
 芝居『死に顔ピース』はまだまだ「植え方」不足。まだまだ禿げ山もいいところで、いったいどんな目を見張る山がお目見えするのか、今はただ地道に1本1本、セリフという木、表現という木を植樹していくしかない。(なんだ、この例え?)
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無駄な抵抗。
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